水野るり子詩集から詩  ・  詩誌「ラプンツェルのレシピ」の絵 [詩]

詩「手紙 ー クジラの耳かきに ー 」 水野るり子詩集より  
  新・日本現代詩文庫100  土曜美術社出版


ゆうべ私は、引き出しの奥で古い一枚の絵葉書    
を見つけました。 それは風に乗って届いた便り
でした。≪昨日、N町でクジラの耳かきを見つけ
ました≫と・・・あなたの歌うような文字で。


その夜、海は私の夢の中で暗く凪いでいました。
海沿いの道を、あなたはクジラの耳かき(それは
巨きなスプーンのようにも、空から落ちた三日月
のようにも見えましたが)を背に、南への途をう
ろうろと歩いています。空には月が無く、沖の方
を大きな耳をした一頭のクジラが通り抜けてい
きました。


クジラの耳の底で星の光が揺れていました。クジ
ラの鼓動とひとつになってチカチカと光っていま
した。あなたの吹くオカリナの一節も、死者のつ
ぶやきも、麦の穂のざわめきも何もかも、混沌の
まま、そこでひとつの星になって透き通っていま
した。それは≪宇宙の音≫でした。宇宙はクジラ
の耳の中で鳴り響く音楽でした。


クジラの耳かきとは何でしょうか。だれかの落
し物でしょうか、それとも忘れものでしょうか。
今ではもう何のために在ったのか、誰も知らな
い奇妙なものが、けれど何故か美しいものが、
世界のあちこちにあって・・あなたはいつもその近
くを歩いているのですね。私はいつか≪巨人の臼
歯≫を見たことがあります。それはただの土くれ
のようですが、ほんとうは、人類になりそこねて
太古に滅んだヒト属の痕跡なのでした。


この世界はかって途方もなくにぎやかな星だったの
でしょう。そしてあなたの背負っているクジラの
耳かきは、そんな遠い祭りの日のかたみなのでし
ょうか。今ではだれにも憶い出せない痕跡ばかり、
無数に散らばっている隠し絵のようなこの世界・・・
そのどこかを今日もあなたは一人で歩いています
か。いつか海辺の岩から古代の笛の音色を取り出
したあなたは・・・。



またお便りを下さい。年老いたクジラの聴く≪宇
宙の音≫の記憶を・・・隕石の遠いこだまを、マリン
スノウの無言のざわめきを、そしてひとすじの笛
の音色を・・・わたしにふたたび運んでくれる、そんなあ
なたの便りを。


オカリナ奏者○○○○○さんからの便り
クジラの髭でできた象牙色の耳かきを長崎のお土産に水野さんに差し上げところ、
詩の中に登場させて下さいました。恥ずかしい。もっと奥の原形モデルはスナフキ
ンかもしれません。
失われてしまったものや絶滅した動物、亡くなった人々との交流、無意識の中の
共通の世界をのぞかせてくれる昔話や童話の世界とこの世を自由に行き来する
水野さんは、ほんとうに現代の魔女です。
全作品が今回9月にいただいた水野るり子詩集(新・日本現代詩文庫100)に収
められているようです。

いただいた詩誌「ラプンツェルのレシピ」の表紙の相沢律子さんの絵が本当に気
に入っています。

ラプンツエルのレシピ.jpg
詩誌「ラプンツェルのレシピ」(Gの会) 絵 相沢律子  2009年3月
編集 水野るり子 坂多瑩子
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