あまりにも美しいオパールの火  心象童話「貝の火」 作・宮沢賢治 [童話]

★私は、かつてこのように美しい宝石の表現には出会ったことがありませんでした。

<貝の火>心象童話

《あらすじ》
水におぼれかけているヒバリの子を命がけで救った子兎のホモイは、ごほうびとして「貝の火」と言う宝玉を天から授かります。
ところがこの貝の火の威光で、仲間の動物たちが頭を下げて、いうことを聞くことに気をよくしたホモイは、次第にいばり始め、ついには取り巻きの悪狐にそそのかされて、罪もない仲間をいじめるようになります。
するとそれまで燃えるように輝いていた「貝の火」は光りを失って白く濁り、とうとうパチッと音を立てて二つに割れると、そのまま天に帰ってしまいました。

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オパール
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心象童話<貝の火>より抜粋
ホモイは玉を取り上げてみました。
玉は赤や黄の焔をあげてせわしくせわしく燃えてゐるやうに見えますが、実はやはり冷たく美しく澄んでゐるのです。
目にあてて空にすかして見ると、もう焔はなく、天の川が綺麗にすきとほってゐます。
目からはなすと又ちらりちらり美しい火が燃えだします。


貝の火が今日位美しいことはまだありませんでした。
それはまるで赤や緑や青や様々の火が烈しく戦争をして、地雷火をかけたり、のろしをあげたり、またいなづまが閃いたり、光りの血が流れたり、さうかと思ふと水色の焔が玉の全体をパット占領して、今度はひなげしの花や、黄色のチュウリップ、薔薇やほたるかずらなどが、一面風にゆらいだりしてゐるやうに見えるのです。

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ほたるかずら


★戦争という言葉が出てきますが、そのまま書き写しました。
★羅須地人協会時代(1926年~の1927年・祖父の別荘)に、賢治は労農党稗和支部の保証人になっていたため、当時は取り締まりが厳しかった社会主義思想の誤解を受け、協会の活動も2年半で終わりを告げました。
支部の家賃も賢治が出していたという証言が残っているし、事務所の机や椅子は賢治からの借りものだったと言います。
★賢治の作った花は、チューリップ、グラジオラス、ヒヤシンスなどで、当時まだ珍しかった花の球根を外国から取り寄せていました。
野菜類は、レタス、セロリ、アスパラガス、パセリ、キャベツ、トマトなどの西洋野菜で、金持ちのお坊ちゃんの道楽などと言われ、夜中に畑の白菜をすべて抜かれていたことがありました。
★賢治は胃腸が弱く玄米は苦手でした。



柴犬カンチの足跡日記
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