詩「樹のなかの森」 水野るり子  詩誌「二兎」より [詩]

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詩  「樹のなかの森」 水野るり子


耳のそばで一本の樹がゆれている その太い幹に耳
を当てると はたはたと扉がゆれ・・・


そのわずかなすきまから ひとすじの路が樹の奥へ
とつづいている 暗がりの向こうに森のどよめきが
ある


 森のおくの苔いろの沼に
 太古の星が一つ沈んでいる・・・という
 その言い伝えはいつかうすれ
 ひとはこの世にひとときの夢を探し
 夢を後にしてまたどこかへ行く


 目を閉じると
 溺れかけたたましいを乗せ
 ほの白い澪(みお)を引いて
 ちいさな舟が新月の沼を渡っていく・・・
 かすかな水音がきこえてこないか


森を出外れると 家々の団らんのランプが あちこち
に明滅し その話し声は 何千年も・・・途切れては
・・・またはじまり・・・また途切れ・・・


いつか梢の近くに実るであろう・・・黄金の林檎のこ
とや その実の効用のこと その収穫の手段のことな
ど・・・梨色の灯影にしずむ食卓は談笑にさざめいてい



・・・と、


" アランのたましいは
もうイルカの時代を
過ぎただろうか ,,

” 砂色の尾びれをもつ
あのアランは
すでにこの星の近くをさまよっているのか,,



ふいに森の奥から 低い声がして 団らんの灯はふ
っと消え・・・


樹の森は闇の底に沈み 三日月のとがったオールが
ひとつ 空の高みから落ちてくる

詩誌「二兎」6号 2015年11月22日発行



★さまざまな音を収集する大きな耳が、あらゆるものに向かって開かれている。
 音を聞くと、いつしかそれが寄せ集まり、リズムを持ち初め音楽になる。
 音が消えゆくときに、音以外の静寂がいっそう深まり遠のいてゆく。
 砂色の尾びれを持つアランとは、時軸を旅するときに出会えるのかな。
 現実の団らんと幻想的な団らんは森のおくのひとすじの路でつながっている。
 
 
 
 
 
 
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